キャラメルボイスのタイムトラベラー

僕は貴方の事解らないし、知らないけど

体育祭のおはなし

10月初旬。暦の上では秋といわれても、遮るもののない高く青い空の下、太陽の光を燦々と浴びたグラウンドは、高まる声援と共に熱気を帯びてい暑い。高校生になって2度目の体育祭の真っ最中。

視線の先にはそれぞれ違う色のハチマキをした3人の姿。重岡くんのおでこには本来あるべき位置に縛られた赤、藤井くんの手首にぐるぐる巻きにされた青、そしてかみちゃんの首から緩く結ばれた緑。三者三様。
同じ色を身につけた私を見つけてかみちゃんが歯を見せて笑う。あ、こっち来た。
「次徒競走出るから応援しとって!こいつらには負けてられんし!」
「かみちゃんじゃなくておれのことも応援してや~」
「なんでしげ応援すんねん、違うチームやろ!」
「えぇやんサッカー部のマネージャーとしてやろぉ?」
「ほら、次出るんでしょ、集まってるよ!」
同じサッカー部のイケメン3人が並んだおかげで一際大きくなる周りの声。でも位置についての声と共にすっと変わったかみちゃんの真剣な表情。応援の言葉を投げる心の余裕など私には無くなってしまった。突き抜けるピストルの音を合図にもう歓声は耳に届かない。まっすぐ誰よりも速く風を切って走るほんの十数秒、呼吸も忘れ、できたのはただ見つめることだけだった。


あぁ、有志の応援団だ。長ランを着た弓道部の濵田先輩。団長なのか。長い腕の先で拳が天を突いている。その後ろで剣道部の桐山先輩が汗だくで大太鼓を叩いている。先輩らしい、男らしい音が横隔膜に響く。しかし、ぼうっと応援団を眺めながらも何度も思い浮かぶのはさっきの映像。今まで毎日のように部活で見てきたはずなのに。そんなことを悶々と考えていたらいつの間にか応援団の鼓舞は終わっていた。


次私出なきゃ、とハッとする。障害走の4レース目。スタートラインに立つ。さっきと同じピストルの音。走って、いくつかの障害を超えて、また走って、あと10メートル、と、思ったのに、視界がブレた。ズザッという音と鈍い痛み、横を通り過ぎる軽やかな足音。なんとか立ってゴールラインを踏んだ。思ったより痛い、消毒行こう。みんなが大丈夫?と声を掛けてくれる中、耳に入った優しい声。
「大丈夫か?」
「えっあ、かみちゃん、ちょっとすりむいただけ(笑)」
「いやちょっとちゃうやろ、血出てるし足曲げにくそうやし。救護室行こ。」
「ひとりで行ける…「ええから!つべこべ言わんとはよ消毒!」
肩に手を掛けられ、軽く支えられながら救護室に向かう。太陽の位置が高くなり気温が上がったのか、走ったせいで暑いのか、隣の体温のせいなのか、自分の顔が少し熱く感じた。


「中間せんせー、ケガ人ー。」
「んー?おぅハデに転んだなぁ(笑)そこ座り。」
保健の中間先生がマキロンで消毒してくれる。
「先生、痛い痛い!」
「ちょっとガマンしぃや、もう終わるから……はい終了!」
消毒して大きめの絆創膏を貼ってくれるところまでかみちゃんは棚に寄りかかって見ていた。
「ありがとうございます…」
「ん、気い付けや。」
「もう大丈夫そやな、俺先戻るな?」
「うん、かみちゃんもありがとう!」
彼の背中を見送って、自分も戻ろうと用意していると、中間先生がニヤリと口角を上げた。
「なぁなぁ、お前らデキてるん?」
「はっ?えっ、ちっ…ちがいますよ!」
突然の予期せぬ質問に頭がついて行かない。
「え~、ちゃうんかぁ、てっきり、ってことは片想いか!ええなぁ青春やん!」
勝手に楽しそうに喋っている中間先生の声を聞きながら窓の外に目を向けると、キラキラと弾けるような笑顔で応援をする彼が目に入り、涼しい救護室のおかげで引いたはずだった熱が顔に戻ってきたのと同時に、隣の女子とその笑顔でハイタッチをしている様子に、手当てしてもらった膝が少し滲みた。


先生にお礼を言い、自分の場所に戻って競技(と、無意識に応援する彼)を見ていると、
「せーんぱい、大丈夫っすか?足。」
そこにはサッカー部の1年生の小瀧くん。青のハチマキをふるふると振り回していて、もはや身につけてすらいない。
「うん、ちょっとすりむいちゃったけどねー、消毒してもらったし!」
「先輩しっかりしてるっぽくて結構抜けてますよねぇ、気をつけてくださいよぉ?あ、あと、かみちゃん先輩狙ってる子多いっすから、そっちも気をつけてくださいね、じゃ」
と、語尾にハートマークが付くような言い方で、ぽんと頭に手を置き、私が何も言えなくなっている間にまたハチマキを振り回しながらどこかに行ってしまった。
え?私、狙ってる?かみちゃんを?
今日はもうあのピストル音を聞いた瞬間から訳が分からない。ぐるぐると思考が巡る。混乱。

「おい、次リレーやろ?行こ。」
しかしその混乱は彼の声によって現実に引き戻された。
「とは言ってもお前足大丈夫か?走れる?」
「うん、ちゃんと絆創膏貼ったし、そんな痛くないから。」
リレーはチームの代表で男女混合。私は第5走者。私の次はかみちゃん。普段の自分ならいけるはず。混乱は深呼吸で沈める。
今日何度聞いたか分からないあのピストル音。4人目で緑のバトンは1位。そのまま私がかみちゃんに繋げばいい。そう思ったのに、足は思っていたより痛くて、どんどん抜かされてしまった。早く渡さなきゃ…!と顔を上げ全力で走った。視界に彼が映って、手を伸ばす。バトンが渡る。その瞬間交わった力強い目と、確かに聞こえた

「任せろ」。

その言葉の通り、彼はぐんぐんと駆け抜け、誰よりも速く白いテープに飛び込んだ。
走りきり、へたり込んだままでいると、上がった呼吸音と足音が聞こえた。見上げると、彼。
「かみ、ちゃ…、」
鼻の奥がつんとする。彼がしゃがみ、目線が合う。
「おつかれさん、よぉがんばったな、足痛ない?」
言葉が上手く出てこない。ダメだと思っても涙が出る。
「ごめ、なさ、わたし…」
「泣かんでやぁ!1位取ったんやし!な?」
かみちゃんの手が、頬を拭う。しかしそう簡単には涙は止まらない。私のせいで迷惑を掛けてしまったのに、優しい表情で私を慰めてくれる。彼の柔らかな声に心がぎゅっとなる。
「…なぁ、」
膝がジンジンする。
「俺、お前にかっこええとこ見せたくて、がんばったんやけど、」
「かっこ、よかった…、はやかった、」
途切れ途切れに懸命に伝える。
「…ふふっ、ならよかった、行こ。」
今日何度も聞いた「行こ」の言葉。彼が立ち上がり、今度は私に伸ばされた手。それに吸い込まれるように差し出された手を握り、立つ。
いつのまにか涙は止まっている。もう膝の痛みは感じない。
むし暑いグラウンドに、爽やかな一陣の風が通り抜けた。